「先生、今、僕、四日市駅にいます」と懐かしい人から連絡がありました。
私が、浅草中学にスクールパートナーを任せられた時、ほぼ毎日のように
第二相談室(スクールパートナー部屋)に来ていた希璃波君です。

相変わらずの雰囲気です。当時13歳だった坂東君は、現在36歳です。
希璃波君は、どちらかというと不器用人間、しかし、旅と人を愛する寅さんのような人です。
高校を出てから、持ち前の腕力を買われて、造園屋さんに就職し、植木職人として頑張っています。
休暇があると、日本のあちこちや、ヨーロッパまで、電車に乗って旅しています。
本日も、三重に来たのは、「火の鳥」という近鉄列車に乗って、大阪に行くためらしいです。

そんな、希璃波君、中学校時代は、学校がイヤでしょうがなかったらしいです。
(本人の許可を得て、このblogを書いています。)
いじめっこに、毎日のようにからかわれ、放課後になるとすぐに、第二相談室に
やってきます。また、夜は、我々の格闘技道場(リキジム)にも参加しにやってきます。
(正直、本人は、格闘技は向いてないと思いながら…)
その頃、希璃波君、中学の時代、とても強くなりたかったそうです。
正直に言うと、放課後まで、学校の教員は守ってくれません。
もちろん、我々だって、放課後まで守ることはできません。
「ちょっとでも、強くなりたくて、ジムに行きました」と言っていました。

喫茶店で、コーヒーでも飲むか?と入りましたら、
「僕は、クリームソーダが良いです」とまた、希璃波君らしい注文です。(笑)

今日は、希璃波君が、私を訪ねてきてくれて、本当にうれしかった。
「スクールパートナー部屋のおかげで、助かりました」と言ってくれたからです。
スクールパートナーをやったおかげで、教員と違うアプローチで「人助け」できていたのです。
また、同じ仕事をもう一度、やりたいという思いが強くなりました。
先生でもなく、親でもなく、近所のおっさんが、学校をサポートする。
そんなことが実現できたら、と思うばかりです。
また、道場を「強くなりたいと思う子どもの居場所にしたい」と思う日にもなりました。
それにしても、希璃波君、約20年前の出来事(クラスメートの性格や教員に叱られたエピソードまで)
を正確に覚えて驚きました。 (笑)
最後まで読んで下さいましてありがとうございました。
菱田慶文 押忍
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